Vまん、徒然

北の果ての素人ギター弾き、独り言

人間椅子「新青年」

人間椅子30周年を記念するアルバム「新青年」。好きになって、応援し続けて、もう30年経つということか。それはすごいことだ。

ファンだからこそ、愛しているからこそ、今回その新譜の感想を、敢えて辛口で書こうと思った。今まではたとえ納得いかない部分があっても、がんばって好きになる努力をした。好きになれるはずだと自分を信じて、努力をした。しかし頭や体というのは正直なもので、此岸、萬燈籠、無頼、怪談、異端といった最近のアルバムと、収録曲がまるで一致しない。染みるように味わっていた頃はアルバムすべての曲目を覚え、曲順も覚え、歌詞も覚えたものだ。だから、これといった必殺ナンバーを見出せなかった本アルバムを、辛口評価したかった。
だが、初回限定特典の、レコーディング風景とメンバー2人ずつの対談を収めたDVD を見るにつけ、ああやっぱこの人たち好きだわ、素晴らしいわと、当然の伏線のように気持ちが戻ってくる。ファンというのは人柄や生き様を含めてファンなのだ。映像を見ながら、あぁなるほど、あぁそうだったんだと、ただひとりでうなづきながら見ている自分にハッと気づくものだ。30年間休むことなく、メジャーからドロップした時期も屈することなく、ライブを続け音源を出し続けてくれることに感謝を、世界一好きなバンドが今もなお前進している事実に喜びを、毎年会いに行けている幸せを噛み締めながら、中辛程度で、今の感想と思いを簡単に記しておこうと思う。

 

新青年』/人間椅子

1.「新青年まえがき」
ゾクゾクさせる始まり方、食い込んでくるワウ使いの重いリフ。初期を連想させる曲調だが、新しい。4パターンほど次々とリズムが変わっていくけど、まえがきという位置にするのならば、最初のひとつのパターンだけで2分くらいの序曲扱いにしても良かったかなぁと。

2.「鏡地獄」
二十世紀葬送曲のあたりに近いサウンド。Bメロで徐々に盛り上がってから導かれるメロディアスなサビが印象的で、なおさら1曲目が序曲ならこの曲が映えたのにと思う。

3.「瀆神」
研ちゃんのベースの音が良い!タメた感じの8ビート、リズムチェンジも自然でかっこいい。「こぞって〜…」はコーラスパートにしない方が良かったのでは。和嶋さんの声質がどうしても軽く感じてしまうから。

4.「屋根裏の散歩者」
イントロはアッパーファズとスライドかな。これも曲の雰囲気は二十世紀葬送曲の頃を思い出す。展開がドラマティックで、妖しいリフやフレーズがたくさん入ってる。

5.「巌窟王
ヘヴィでストレート。研ちゃんの曲はどこか安心して聴ける、張り詰めない良さがある。途中、「塔の中の男」っぽいリフも入る。これもサビの掛け合いコーラスは無くていいかな、ユニゾンなら良かったのに。

6.「いろはにほへと」
リフも歌もキャッチーで、途中に和のテイストもあり、名曲になるはずだったのだが、ドッキンやズッキンはやはり馴染まない。きっと慣れないだろうな。でもライブで女性たちはここで腕を上げるんだろうな。

7.「宇宙のディスクロージャー
これも研ちゃんのストレートでかっこいい曲。「宇宙遊泳」をさらにハードに、速くした感じ。特典DVDを見るともっと好きになる。

8.「あなたの知らない世界」
何回か繰り返し聴いていたらどんどん好きになってきた。リフと歌がとても合っている。サビのメロディアス感はM2の「鏡地獄」にも通じるものがあり、中間部のテンポが上がるところは何となく「蛇性の淫」を思い起こさせる。

9.「地獄小僧」
サビは特に「猟奇が街にやってくる」をテンポ落として能天気にしてハネさせたような感じ。これも、うらめしやーのコーラスはいらないかなぁ。

10.「地獄の申し子」
これも安心ゾーン、かっこいい!コーラス、掛け合いばっちり。「青い衝動」に近い疾走感。研ちゃんの曲で自由に弾く和嶋さんのソロって過去の作品を聴いてもどれも素晴らしい。

11.「月のアペニン山」
「リジイア」的な、アルペジオが美しいバラッド。和嶋さんがソロライブでやりそうな曲調。中間は「白昼夢」っぽくもあり、無機質さも。最後の数秒だけドラムが入るところ、この発想はなかなかほかのバンドには出せないなと思う。

12.「暗夜行路」
やっぱり研ちゃん節。力強いシンプルなリフ。泣きの要素もあるし、王道の70代風のリフ満載。

13.「無情のスキャット
映像付きで予習ができていたため、8分40秒の長さでもすんなり入ってきた。先行公開の効果って絶大。「見知らぬ世界」風の重くまっすぐ装甲車のように何かに向かい一途に突き進むリフ、中間のギターと歌の絶妙な絡み方、後半は椅子ならではのシンプルなリフに乗るアイオミ調のダブリングソロ。珍しいなと思ったのは、エンディングをピタっと切らないで余韻を持たせたところ。

14.「地獄のご馳走」
ボーナストラック扱いのラストソング。速い3連リズムで往年のプリーストあたりのヘヴィメタルを思わせる。歌詞が少しグロく過激だからボーナス扱いにして歌も聴き取りづらくして歌詞も載せていないのかな。

 
【総評】
なんだかんだ言ってやっぱりすごい、かっこいい、大好きだ。
ただ、特別30周年記念盤という感じがせず、今までの流れのニューアルバム。ジャケットの背景のベージュの色の雰囲気がどうしても各楽曲に付きまとい、これがもしも漆黒の本の表紙のようなデザインだったらもっとダークに引き締まったイメージになったのに、と思う。曲としては、当然ヘヴィなものから速いものまでバラエティに富んでるのだが、ここ15年くらいの和嶋さんのギターサウンドが乾いたトレブリーなもので、曲然として、陰湿さ、引き摺り感、まとわりつき感、粘り感が初期の頃ほど無いのも事実。しかしあくまでこれは長きに渡って愛し続けてきたからこそ言えるのだとも自負している。やはり最初の3枚は強烈すぎた。私みたいな古参な老害を新たなファンは煙たく思うのだろうが、今もなお変わらず応援し続けるところは全く同じ、むしろ負けはしないのだ。
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斉藤和義 弾き語りツアー2019 "Time in the Garage" 北上市文化交流センター さくらホール

バンドを従えてのツアーは青森も組んでくれるのですが、ひとりで回るスタイルではなかなか来てくれず、ライブアルバムでしか体験できていなかったそれを生で感じるべく岩手は北上へ。
会場はお洒落でモダンなアーキテクト。割りとステージが近く見える2階席の右袖突出しにて、たっぷり堪能してきたのであります。
ギターを弾き語る真ん中のコーナーのほか、上手にドラムセット、下手にキーボード。さながら自宅のガレージを模したステージセット。徐々に大きくなる足音のSEのあと、ドアを開けて現れました。
ギター1本で「月光」と「愛に来て」の2曲を弾き語ったあと、打ち込みのリズムに合わせて「ずっと好きだった」。エンディングはブルージーなフレーズをアドリブで奏でます。スナックしかないという北上の夜の街の様子の感想を述べたあと、初めて披露されたダークジャズ「流星」、立て続けに「劇的な瞬間」へ。上昇していくリードフレーズを文字通り劇的にかきむしり。
立っていた客を着席させ、ガットギターに持ち替えてしっとり歌われたのはサードアルバムから懐かしの「何となく嫌な夜」。
ドブロを手にしスライドバーを用いてかまやつさんのカバーへ、穏やかな人柄についての思い出を語ったあと「やつらの足音のバラード」。
セミアコを歪ませて打ち込みとともに「オモチャの国」。アイロニカルな言葉、カオスのエピローグ、何回聴いてもゾクッときます。
アコギのみに戻して「時が経てば」。自殺志願者をテーマにした歌詞のひとつひとつを、大事に歌われます。がんばれ負けるな、もうちょっとの辛抱だよ…心の臓がえぐられるようです。
斉藤さん節満載の新曲「小さな夜」のあと左側のキーボードに移動し、エレピサウンドで「嫌いになれない」を。
右側のドラムセットに移動し、マイナストラックとともに、叩きながら「幸福な朝食、退屈な夕食」。
真ん中にまた戻りアコギと打ち込みで、途中の展開が印象的な「老人の歌」。アウトロではSGに持ち替えてドライブさせたサウンドのフロントピックアップでの長い長いアドリブソロ。
打ち込みリズムに乗せて、北上の人達はきっと踊りが上手でしょという確認のあとはノリの良い「Good Luck Baby」。新し目の「アレ」のあと、自作のベースとギターのツインネックの楽器を持ち、それぞれをサンプラーで重ねていきながらポッキーソング「Stick To Fun! Tonight」。
アコギ1本でスリリングなアレンジの「マディウォーター」。本編ラストは「Summer Days」。最後、遊ぼうとなんども誘いかける歌詞のところ、ショーケンさんやミチロウさんや裕也さんにも語りかけていました。
アンコールはギターのみで「空に星が綺麗」「歌うたいのバラッド」。広いホールの静寂の中を、優しい爪弾きと優しい声が淡く包み込みます。何百回聴いてもいい曲だなぁ。
最後はポジティブなアップテンポ「Endless」。

ライブ途中、鼻が出る鼻が出るといいながら何度も拭いていた飾らぬ自然、本当にご自宅のガレージで歌っていただいているかのよう
若い頃にレコーディングしたマイナストラックとの今の自分との共演においては、現在の状況を自虐しつつ笑いを誘いながら。
頻尿でキレが悪くなってきたから常にコンドームを付けなきゃダメだなとか、外れないようにフグリまで被せなきゃダメだなとか、さすがのおシモワールドも炸裂。
ちょっと遠かったけど、行ってよかったよかった。

斉藤和義 弾き語りツアー2019
"Time in the Garage"」

月光
愛に来て
ずっと好きだった
流星
劇的な瞬間
何となく嫌な夜
やつらの足音のバラード
オモチャの国
時が経てば
小さな夜
嫌いなれない
幸福な朝食、退屈な夕食
老人の歌
Good Luck Baby
アレ
Stick To Fun! Tonight
マディウォーター
Summer Days
(en)
空に星が綺麗
歌うたいのバラッド
Endless

大橋隆志/JAIL大橋さんのギタークリニックへ


秋葉原で行われた、
「イケベ楽器店Presents 共同開発エフェクター完成記念 大橋隆志/JAIL大橋ギタークリニック」
及び「Aria ProⅡ JAIL大橋モデル Owners Club Guitar Workshop vol.7」
へ行ってきました。

前日の夜に高速バスで発ち、昼の部と夜の部両方に参加。その夜にまた夜行バスで帰る弾丸の旅。
思いのほかどちらも長い時間やってくださったので、帰り間際はメシ食う時間もなく。

各2時間半近くずつ、内容としては共通して、マイナスワントラックに合わせたデモ演4曲と、使用機材の説明や演奏方法の解説、客からの質問コーナー。40人以上集まってたと思うんですが、全ての質問に答えてくださりました。デモ演は共通でしたが、この質疑応答により、実に多岐に渡るお話を聞くことができました。

渡された質問用紙によるもののほかに、デモ演毎に挙手の質問も受け付け、それをした人にはピックのプレゼント。私も昼の部と夜の部1回ずつ挙手質問し、2枚いただきました。ブラッシング時に鳴ってしまうハーモニクス音の対処の仕方と、アダムの林檎のキュルキュルはどの弦を使っているのかを。質問用紙のほうでは、ペンタの高速ランニングフレーズについてと、大橋さんのMacが直ったかどうかを。

弾き方の話やギターや音楽に対するスタンスの話のみならず、聖飢魔IIの裏話等、本当にたくさん。穏やかなトーンで、熟考しながら、優しく。

特に心に残ったものを回想すると、まずチョーキングやビブラートは手の力ではなく、人差し指の付け根を支点にしてテコで行うということ。
それと、パワーコードで5度を押さえるのは小指であること。これは一緒だったのでとても安心しました。
また、クリーンはギター側のボリュームを絞って作ること。これも同じだったのでとても嬉しかったです。歪みとクリーントーンは決して足で切り替えるものではないとのこと。
スウィープはアダムで一瞬出てくるけど、後にも先にもそれだけで、スポーツ感覚の奏法は好きではないということ。和嶋さんしかり、橘高さんしかり、ふと気づくと憧れるギタリストはみんなそういうスタイル。
更に、休符は音がお休みするのではなく、無音状態を演奏するんだということ。
マーシャルでの音作りの仕方は、フルテンから余計なものを絞っていくやり方であること。そして、演奏等も引いて考えていくことが必要だということ。
アメリカの鉄は硬いので、アメリカ製の弦は張りがあるということ。
飼っているネコちゃんは、里親探しで結ばれたということ。ペットショップで家族を買ったことのない私はここにも大いに共感。

概して、男性は機材や演奏方法を、女性は曲作りや音楽以外の質問が多かったかな。そのどれもに、頷きながら笑顔で丁寧に答えくださりました。質問用紙、挙手合わせたら計100個に近い質問を。

なにしろカッコいいし、あんな間近で拝めて会話もできて、行った甲斐がありすぎました。そして当然、シグネイチャーのODペダルの注文も済ませてきました。
最後CDにサインをいただくときに青森から来ましたと申しましたらば、雪の心配をしてくださりました。ライブで来て欲しいという旨もお伝えしてまいりました。

アットホームかつ濃厚な時間をありがとうございました。

 

デモ演奏曲:
GOBLIN'S SCALE/聖飢魔II
Come Inside/大橋隆志
アダムの林檎/聖飢魔II
秘密の花園聖飢魔II

 

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ジェイル大橋さんに憧れて三十余年

今から30年以上前、ハードロックとかヘヴィメタルだとか、そんなジャンルを気にせずに音楽を聴いていた中学生の頃。
地元青森ではなぜか夕方に放映されていたお昼の番組「笑っていいとも!」。その中のゲストコーナー、テレフォンショッキングに出ていたデーモン小暮閣下。なんだろこの人は!?とブラウン管画面に釘づけになり、更にその面白い話術にグイグイ引き込まれ、そしてその人がバンドでボーカルをやっていること、また、実は人ではないこと等をいろいろ知っていく。そのバンドは「聖飢魔Ⅱ」という名前なのだそうだ。厳密に言うと悪魔教という宗教団体で、布教の手段に音楽を用いており、ミサという名のライブ活動をしているのだそうだ。バンド名は、なるものにえている悪び蘇るという意味だという。設定が最初からもう心配になるほど完璧。せいきまつ。TVに出ていたその白い素顔の音楽的宗教団体を見た僕の母親が、「わい、こィだばほんとに世紀末だジャ」と実に素直な感想をこぼしていたのを思い出す。今は亡き父親なんかはその後、テレビに聖飢魔Ⅱが出ていると僕の部屋まで来て戸をガッと開けて「おめの好ぎだ白い人だぢ、まンだテレビさ出でらよ!」と教えに来るようにまでなった。父ちゃん、だからあれは人じゃないんだってば。まあいいか。

当時、中学のクラスではお気に入りのカセットテープを交換し合うのが流行っていた。尾崎豊レベッカやCCB、米米クラブバービーボーイズBOOWY、吉川晃司、NOBODY、稲垣潤一、安全地帯、爆風スランプ...、とにかくいろいろ。聖飢魔Ⅱも誰からか借りて、例外なくダブルデッキで倍速ダビングして、曲名が書かれたカセットレーベルを手にしながらじっくり聴いたものだ。1枚目と2枚目のアルバム、もとい大教典。閣下の伸びやかなハイトーンと巧みな歌唱力に導かれしメロディラインは、そのハードでヘヴィなバンドサウンドに免疫の無いこの中学生をスッと招き入れてくれた。歌詞の内容も地獄と悪魔だらけだ。こういうことをしてもいいんだなと、なんだか垣根を取っ払ってもらったような自由さも感じたものだ。中学2年頃から僕はギターを弾いていた。当時流行のビートロックが好きでよくコピーしており、友人が遊びに来ると弾いてみせていたものだ。ところが聖飢魔Ⅱのギターサウンドは、今まで弾いてきたそれらとは違った。ジャギッとして、ズンズンして、ズグズグして、ピロピロして、ギュイーンだ。そこで初めて僕は、メタルギターの奏法というものを知る。ラウドネスでも44でもなく、メタルにのめり込むきっかけは聖飢魔Ⅱだった。そこに2名居たギタリストのうち、ソングライティングもしていて、華麗で、速弾き担当のレフトサイドの片方を、とにかく猛烈に好きになった。生まれて初めて、長髪をかっこいいと思った(今にして思えばそんな長髪でもない)。
そのギタリストの名を、「ジェイル大橋」といった。

ダビングしたカセットテープでは物足りない。当時はそのころまさにアナログレコードからCDへの過渡期。CDを普及させたいがためかどうかは定かではないが、CD化されたアルバムは2曲ほど多く収録されているものだった。2枚目の「THE END OF THE CENTURY」のCDには「創世紀」と「JACK THE RIPPER」が足されていた。小遣いを貯めてがんばって買った。余談だが、シンバルのシャ~から始まるタイトル曲や、余計な曲振り説法の無いレコードバージョンのほうが好きだったりする。まあともかく、ブックレットに写っているジェイル大橋さんを憧憬の眼差しで見ていた。そして当時地元で放映されていた、新曲のPVを紹介していく音楽番組内で流された、あるひとつの楽曲に多大な感銘を受ける。曲名を「アダムの林檎」といった。英語でAdam’s Appleというとのどぼとけの意味なのだがこの場合は純粋に悪魔の果実としての林檎のことを歌っている。ソリッドな歪みカッティングのイントロ、いきなりメロディアスなAメロ、ドラムは速くなるのにギターはクリーンで美しくなるBメロ、重さと印象的なリフのサビ、間奏へ繋ぐスリリングなブリッジバースがあっての、劇的で時に妖しく時に速く、液体のように流れては徐々に昇華していくギターソロ、歌へ戻るリフ中の一瞬のブレイク。全てが完璧。かっこいい。録画したそのビデオテープが文字通り伸びてしまうほどに、毎日毎日見ていた。居間にしかテレビもビデオデッキもない時代、いち早く夕食を済ませて、空いた居間で1人でビデオを見てから部屋へ戻るという生活リズムの繰り返しの日々だった。

3枚目の大教典「地獄より愛を込めて」は超名盤。人生を変えたアルバムを5枚あげろと言われたら迷うことなく、間違いなく選ぶ。その収録曲の大半をジェイルさんが作曲している。歌詞も曲もアレンジもアルバム全体の雰囲気もすべて完璧なサタニック・ワールド。メタル評論家というものは昔から頭が固い連中が多く、聖飢魔Ⅱは当時あまり認められていなかった。BURRN!誌なんかはデビューアルバムに0点を付けおった。しかし日本のヘヴィメタル史においてこの第3経典はとても重要な位置を占めていると信じて疑わない。疑わないまま30年以上が経った。いまだ色褪せぬ、非の打ち所の無い純粋なメタルアルバムだ。このころのジェイルさんのギターの音色もプレイスタイルもいちばん好きで、自分もいまだずっと追い求めているものである。

「悪魔の黒ミサ」というライブビデオ、もといミサの活動絵巻経典が発布された。昔はビデオソフトが驚くほど高価で、中高生が買える代物ではなかった。学区内のビデオレンタル屋さんにあるという情報を聞き、はやる気持ちを抑えながら自転車を漕ぎ、入会方法も身分証明方法もよくわからないまま店に駆け込んだ。電話番号と住所を告げてその場で電話帳で実家の確認をしたことを覚えている。個人情報保護だのコンプライアンスだのなかった時代だからできたこと。無事借りられて、信者仲間も呼んで僕の家で見ることに。例の居間で見るものだから、そこには当たり前のように我が家族も同席。なんとシュールな図か。のどかな時代だったものだ。最初から最後まで食い入るように悪魔のミサ映像にとり憑かれたそのさまを、家族はどう思っていただろう。そんなことを気にする余裕もなく、一瞬たりとも見逃すまいと、動く悪魔たちをとにかく目で追った。どの構成員もかっこいいんだけど、しかしまぁジェイルさんの華やかなこと。クールでスマート、堂々たる佇まい、常にリズムを取る長い足、軽やかなターンや足の上げ方、ミドルが削がれていないギターサウンド、流麗なソロワーク。動く姿を長時間堪能できた喜びは、こんなかっこいいギタリストはもうほかにいないという憧れへの確信へ変わり、一生ついていこうと決意するまでに至った。

ところが、ある日の歌番組「夜のヒットスタジオ」。聖飢魔Ⅱが出るという。当然、演奏されるとしたら「アダムの林檎」だろう。TV番組に出るジェイルさんもかっこいいだろうな。期待に期待を込めて居間のテレビの前に正座して待ち侘びた。しかし、番組冒頭での出演者を紹介しながら歌っていくメドレーのとき、彼の姿は無かった。あれ、なんで?ジェイルさんは今日欠席?せっかくのテレビ出演なのに。ほどなく、デーモン閣下から衝撃のお告げがあった。「2名いたギタリストのうち、ジェイル大橋がバンドを脱退した」と。寝耳に水とは、青天の霹靂とは、まさにこのことだ。ジェイルさんのいない聖飢魔Ⅱなんて興味もない。番組では4名でエルドラドを演奏。エースさんがソロを取れる曲に急遽差し替えたのであろう。当時の音楽番組はあて振りじゃなく生演奏だったからね。ショックを隠せないまま、次の日の学校で友達に喚き散らしたのを覚えている。そんな聖飢魔Ⅱは新たなギタリストにsgt.ルーク篁Ⅲ世という新悪魔を迎えて以後最後まで活動を続けていく。
補足説明ではあるが、聖飢魔Ⅱがデビュー直前に行ったギタリストのオーディションで最後まで残った2名がジェイルさんとルークさんだ。ライバルのような関係だったと想像されるのだが、はるかのちに行われる期間限定再集結で実に仲睦まじくステージ上で絡む姿を拝見すると、大人っていいなぁ、バンドっていいなぁ、音楽っていいなぁと本気で感動するのである。
さらに余談であるが、sgtとはサージェント、軍曹。ルークさんはその後参謀という称号で呼ばれるようになる。同時に閣下、長官、和尚、殿下という各構成員の呼び名も定着していったのもこの頃。ジェイルさんには後付けで代官という称号が知らぬ間についていた。そんな呼び方をしたことはなく、これはいまだにしっくりきていない部分のひとつではある。称号なしの時代を僕は大事にしたい。
あんなに印象に残り、心奪われ、夢中になったにもかかわらず、振り返るとジェイルさんが聖飢魔Ⅱに在籍していたのはたった1年半。なんて濃密な期間だったのだろう。今にして思えば、その刹那の光陰を同時に併走追走できていたことはこの人生において幸せなことだったのかもしれない。

ルークさんもかっこよかった。高校時代に組んでいたコピーバンドではルーク役をやっていた。ジェイルさんはもういないのだから、悲しいけど、寂しいけど、認めて、受け入れるしかなかった。そんなさなか、音楽雑誌ロッキンfジェイル大橋改め大橋隆志さんのインタビューが載った。人間の格好で、サングラスをかけたアップの顔写真。その見出しタイトルが衝撃だった。「聖飢魔Ⅱにいたころは耐えられなかった」。俄かに信じがたいその言葉を見て、猛烈に一気に記事を読んだ。しかし良く読んでみると、キャラが先行するバンドだから生き残るには音楽しかない、雑誌のインタビューでも音楽のことについて語りたいのに、好きな色はなんですかみたいな質問しかこない、自分もロック大好きでメタルキッズだったから、余計にそれが耐えられなかった、という内容だった。まるで聖飢魔Ⅱに在籍したころのすべてを否定するかのような誤解を生ませた、あのロッキンfの記事見出しはあまりにも罪深い。大切にしてきた夢を、不意にでかいハンマーでぶち壊された気がしたからだ。大橋さんはその後アメリカに渡り「Cats In Boots」を結成する。インディーズのレコードを予約し、待ち焦がれて購入した。がらりと変わってしまったアメリカンなロックンロールにこれまた驚愕し落胆したものだが、でも、応援して行こうと決めた。ところが全世界でメジャーアルバムが発売されるも、メンバーの不和で長続きせず、バンドは崩壊してしまう。

もうこの世にはジェイル大橋さんという存在はいないんだと、ルークさんに変わってからの聖飢魔Ⅱも聴き続けていた。そして1995年、聖飢魔Ⅱ地球デビュー10周年のイベント「オール悪魔総進撃~THE SATAN ALL STARS~」が行われる。そこには歴代の旧構成員も参加した。発布された活動絵巻経典を買って、見る。ミサ中盤の「秘密の花園」。ジェイルさん作の美しいバラード。このまま、いないまま曲が終わるのか。否。違った。間奏部分でステージ後方の扉が左右にゆっくり開き、バックライトの中に出てきたのは紛れも無いジェイル大橋さんだった。隆志さんではない、悪魔の大橋さんだ。あのトーンで、あのソロを弾く。これだよ、これなんだよ。弾きながら、その長い足で階段を降りてくる。曲のエンディング、ジェイルさんを挟んで左右にルークさんとエースさん。なんだこのやばい図は。目頭が熱くなる。僕がずっと恋焦がれた悪魔は、あのころの姿のまま、そこにいた。
1999年に聖飢魔Ⅱは事前の宣言どおり解散するのだが、その後も何度か周年企画で期間限定で再集結をしている。ジェイルさんやゾッドさん達も入れて。2005年の20周年の期間限定再集結には仙台へも見に行った。生ジェイルさんは僕の立見席からは遠かったが満足だった。今後もそういうのがあるのかどうかはわからないが、予想できないことをやってきたバンドだから、淡い期待を今後も持っていようと思う。

ひょんなことから、とあるバンドに誘われ、聖飢魔Ⅱの曲を弾く機会が来そうな状況だ。ジェイルになりたい。今こそ、そう思った。あの頃猛烈に憧れた気持ちを、ギター製作にぶつけた。似たボディを入手して、自分でパーツを組み込む。自分でジェイルストライプテープを貼る。あの、毎日居間のテレビで見ていたあのギターを。まったく同じものにはならないが、作っている間はとにかく楽しかった。好きなものって一生変わらないんだなと、呆れるほど自覚した。これはきっと、この先老いさらばえて命が絶するまで変わらないのだと悟った。こういう思いにⅡびさせてくれたバンドメンバーには感謝。
それがあって、いろいろあって、このようにジェイル大橋さんへの愛を書き綴りたいと思ったのであるから。

 

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特撮と人間椅子に敬意を表する会、無事終了しました。

打上げ会場のBAR1/3にてふと我に返って思ったのは、特盛のみなさんや恐怖新聞社のみなさんが普通にそこにいて盃を交わし、あれっ、ここは青森だよな…って。
冷静に考えると、普段普通通りの生活を送っていたら一生交わることがなかった方々なんです。ただ近い音楽が好きだという、そのたったひとつの共通項だけで繋がった奇跡の縁です。
特盛のボーカル伊織さんが書いてました、コピバンなんていつでもやめられるのにと。そうなんです。みんな中学や高校のころに打ち震える音や言葉に出会い、楽しさと嬉しさのもとに憧れの人の模倣を始める。でもその後、大半の人は徐々にほかのことに時間とお金と気持ちを削がれて辞めていく。僕たちは、ただやってきただけなんです。自分たちがいちばん楽しめる揺るぎないものをわかってて、ただ好きでやり続けてきただけなんです

9/16、一年近く構想を練ってきたそのライブが執り行われました。
昨年我々毒撮を東京池袋に呼んでいただいたそのお返しを今回しようと思っていました。参加メンバーはみんな、人間椅子や特撮、大槻ケンヂさんのことを好きで、愛して、理解している人ばかり。事前に曲が被らないように、セッション時の曲の確認も取り、お互いに密に連絡を取り合いながらこの日まで準備してきました。

前日入りした東京組のみなさんとの前夜祭。もうそこから楽しくて、間違いなくいい明日が来るはずだと確信しました。
ライブ当日。リハーサル。みなさん自分のバンドの予定時間に間に合うように来てもいいものを、最初からほぼ揃うという正しい大人の図。ついにこの日が来たなぁと、今日はその分燃え尽きてもいいやくらいの気持ちで臨みました

正直、不安だったのは集客で、ライブイベントとしてとてもマニアックで間口が狭く、ご存じではない人にとっては怖いイメージもあったでしょうし、しかも開催場所である青森のバンドの、毒撮と毒魔のメンバー計7名しかチケットを捌ける人間がいなかったという事実。難産覚悟のうえ、でも絶対楽しいものにする自負はありましたから、本当にたくさんのかたに直接連絡を差し上げました。中には特撮や人間椅子を知らない方も当然いたり、ほかの予定が入りやすい3連休の中日にもかかわらずスケジュールを調整してくださるかたもいたり。ですから、あの日あの場所にいらしてくださった方々には本当に感謝をしています。来ようとしていたけど来れなかった方々にも感謝をしています。本番中バタバタしていて、来てくださった全ての方に御礼のご挨拶を直接できていないことがもどかしい。この場を借りて、心から多大な感謝を捧げたく存じます。

我々毒魔からライブはスタート。お客さんもいっぱいだ。なんとありがたい。人間椅子のカバーというのは、難しいリフを弾きながら難しい歌詞の歌を歌うという、これほどまでマゾヒズムを感じることがほかにあるだろうかという難易度でして、ほどよい緊張感のもと幕は開きました。6曲やって温まってきたところで、神奈川よりいらした恐怖新聞社さんにバトンタッチ。敢えて両バンドとも出囃子が此岸御詠歌という演出。恐ろしさと楽しさが同居する憑依のステージ。特にベース棚木さんの入り込みようは凄い。ギター甲斐さんは優しそうな人柄が演奏にも現れていました。セーラー服に身を包んだドラマーの亡南無子さんは小柄な女性なのに力強くて、難しいはずの変拍子もノーミスで叩いていました。やっぱり椅子の曲はいいなぁと噛み締めながら、怖いはずの曲を、口角が上がった顔で見ていました。
せっかくの機会だから、一緒にセッションしたいなぁとは最初から考えていて、それを実行しました。毒魔+恐怖新聞社。毒に満ちた魔物の恐ろしい新聞の会社ですよ。そら楽しいに決まってる。セッション向けの曲として2曲選び、にこやかなギターサイドと極悪過ぎるベースサイドのコントラストも素晴らしく、この時間がずっと続けばいいのにと思うくらいに面白かったです。

転換して特撮の部へ。
東京からいらした特盛さん。この方々がいなければ、約2年前のあの日にメッセージをくれなければ、この集まりも、今日という日も無かったのです。一般的に希薄と思われがちなネット上でのお付き合いも捨てたものではなく、要はどんな道具でも使い方次第なんですね。去年の池袋の夜も楽しかった。たくさんおもてなしをしていただいた。その思いを、やっと返せる日が来た。存分にライブをしてほしいと願っておりました。特撮の名曲オンパレードのステージ。キメの部分でお客さんの腕があがる。曲を知ってる人は一緒に歌う。いいぞ。とてもいい一体感だ。呼んで良かった。来てくれて良かった。たくさんのお客さんが見てくれている。バンドも応える。直前までの不安が払拭されて、いろんな気持ちがこみあげてきます。いや、泣いてる場合じゃない。毒撮の出番だ。吹っ切れてまあそれはミス多かった、しかしやりきった感に満ちたこの気持ちはいったいなんだ。なんだろう。
最後、特盛+毒撮のセッション。毒盛の特撮です、これまた楽しくないはずがありません。これ以上乗らないよと思える人数と楽器が、ステージ狭しと。暴れやすい2曲を、それぞれがそれぞれの思いを込めて、それぞれのパフォーマンスで

終わった…
準備してきた我がバンドメンバーと、遠路はるばる来てくれたバンドさんと、足を運んでくれたすべてのお客さんと、会場のスタッフと、みなさんのおかげさまを持ちまして、無事、滞りなく遂行できました…
個人的に5週間連続ライブの最後だったのもあり、やりきったなぁとスゥーっと魂が抜けていくようでした。

打上げの席。ビールがうまい。ふと、考える。ここは現世か。で、最初の文章へ繋がるわけです。みんなやりきって満足げににこやかだ。よかった、本当によかった…

連休も明け、向こうのみなさんも平常に戻って今ごろお仕事してるんだろうなぁと思いながら。きっと、真面目に音楽やって真面目に行動してる人は仕事も真面目なはずなんですよ。お付き合いに大事なのは真面目さです。そんな人ばかりが集った大人のライブだったんだと、今、改めて思い返しています。

きっかけを作ってくださった、特撮と人間椅子に感謝を込めて。


【特撮と人間椅子に敬意を表する会   ~綿いっぱいの地獄風景~】

「毒魔」
太陽の没落
賽の河原
人喰い戦車
幸福のねじ
陰獣
迷信

恐怖新聞社」
黄金の夜明け
ダンウィッチの怪
水没都市
悪魔の手毬唄
人面瘡
地獄の球宴

「毒魔+恐怖新聞社セッション」
針の山
ダイナマイト

「特盛」
人として軸がぶれている
音の中へ
戦え!ヌイグルマー
ピアノ・デス・ピアノ
旅の理由
5年後の世界
林檎もぎれビーム
綿いっぱいの愛を

「毒撮」
オム・ライズ
バーバレラ
ロコ!思うままに
花火
テレパシー
7人の妖

「特盛+毒撮セッション」
特撮のテーマ
アベルカイン

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トリビュート・バンドのライブです

あるバンドがとにかく大好きで、その憧れのもとに少しでも近づきたくて、そしてより深く理解したくて、多大なる尊敬や敬愛のもとに、単なる真似事をひとつ越えたコピーバンドのことをトリビュートバンドと呼ぶ、と自分の中で勝手にカテゴライズしていまして、自分でもそういうバンドをやっているのですが…、その中に特撮のトリビュートバンド「毒撮」と、人間椅子のトリビュートバンド「毒魔(DOGMA)」があります。
このたび、関東から、これまた特撮を愛してカバーしている「特盛」と、人間椅子を愛してやまない「恐怖新聞社」の二つをお迎えし、計4つのバンドで、人間椅子と特撮へ向けてのスペシャルなリスペクトカバーナイトを企画しました。

その思いに共鳴できる人なら思わずニヤッとしてしまうような、また仮に原曲を知らなくてもあぁこの人たち本当に好きなんだなぁとほっこりしてしまうような、そんなライブになることかと思います。

長きに渡る構想期間を経て、次の3連休の中日である9月の16日(日曜日)に、そのライブを執り行います。
会場全体で、その思いを共有できたら、それはそれは楽しいものになると信じています。少しでも興味のお有りのかたはぜひいらしてください。よろしくおねがいいたします。


【特撮と椅子に敬意を表する会 ~綿いっぱいの地獄風景~】
会場 青森Quarter
日時 2018年9月16日(日)
開場 17:30 開演 18:00
前売 1,000円 当日 1,500円(+1D 500円)

《ライブ内容》
人間椅子の部~
 毒魔(DOGMA)
 恐怖新聞
 毒魔+恐怖新聞社によるセッション
~特撮の部~
 特盛
 毒撮
 特盛+毒撮によるセッション

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人間椅子 恩讐の彼方~2018年晩夏のワンマンツアー 青森Quarter

アルバムに伴うツアーではないためか、今回の演目はまるでファンクラブの集いのような内容。コアなファンにはたまらなかったに違いない、かく言う私もその一人。

侵略者。夜間飛行。晒し首。野垂れ死に。ダンウィッチの怪。辻斬り小唄... 曲が始まるたびに悶絶です。塔の中の男も久しぶりでした。ドラマティックな展開を思い出しながら聴いていました。

ふるさとに帰ってきましたと言ってくださるメンバー。デビュー以来ずっと、見知らぬ世界のツアー以外は必ず青森に来てくださっています。アルバムの売れ行きにかかわらず、しかもたいがい日曜日に。そのほとんどを見てきた自分にとって、今回のライブは本当に特別に思えました。演奏に、MCに、とてもファンのことを考えてくれてるんだろうという姿勢が顕著だったからです。

来年はなんとデビュー30周年。高校のころにその音に出会い、バンドの歩みをずっと応援してまいりました。ドラマーの遍歴こそあれど、最初のスタイルから常に一貫。厳しい時期もおありだったでしょうが、休むことなく常にロックを信じて前進してこられた姿。それが、今回のツアーもやってくださるような余力さえ持つ大きな存在になったこと。こんな嬉しいことはありません。

 

アルバム此岸礼賛あたりから、しっかり噛み砕いて聴かないといけないような曲が増え、それはそれでクオリティが高くて素晴らしいのですけど、やはり古い曲はもう身体に馴染んでるといいますか、歌詞もしっかり覚えています。批判を恐れず言うならば、後半の新し目の曲は今回のツアーには無くてもよかったかなぁと、いや逆に表現するならばもっともっと普段やらないマニアックな曲で固めたほうが意義がわかりやすかったのにと、これは心底椅子を愛して理解してるからこそ敢えて、です。

心の芯から楽しめたライブ。

これからも健康にご留意され、事故などに遭われることも無きよう、恐ろしいアルバムと気持ち悪いロックの創造への益々のご活躍を期待し応援してやみません。

 

「恩讐の彼方~2018年晩夏のワンマンツアー」
鉄格子黙示録
侵略者(インベーダー)
時間からの影
夜間飛行
塔の中の男
晒し首
野垂れ死に
ダンウィッチの怪
命売ります
心の火事
黒猫
悪夢の添乗員
地獄の球宴
雪女
針の山

辻斬り小唄無宿編
地獄のヘビーライダー

なまはげ