Vまん、徒然

北の果ての素人ギター弾き、独り言

JAIL大橋さんに憧れて三十余年

今から30年以上前、ハードロックとかヘヴィメタルだとか、そんなジャンルを気にせずに音楽を聴いていた中学生の頃。
地元青森ではなぜか夕方に放映されていたお昼の番組「笑っていいとも!」。その中のゲストコーナー、テレフォンショッキングに出ていたデーモン小暮閣下。なんだろこの人は!?とブラウン管画面に釘づけになり、更にその面白い話術にグイグイ引き込まれ、そしてその人がバンドでボーカルをやっていること、また、実は人ではないこと等をいろいろ知っていく。そのバンドは「聖飢魔Ⅱ」という名前なのだそうだ。厳密に言うと悪魔教という宗教団体で、布教の手段に音楽を用いており、ミサという名のライブ活動をしているのだそうだ。バンド名は、なるものにえている悪び蘇るという意味だという。設定が最初からもう心配になるほど完璧。せいきまつ。TVに出ていたその白い素顔の音楽的宗教団体を見た僕の母親が、「わい、こィだばほんとに世紀末だジャ」と実に素直な感想をこぼしていたのを思い出す。今は亡き父親なんかはその後、テレビに聖飢魔Ⅱが出ていると僕の部屋まで来て戸をガッと開けて「おめの好ぎだ白い人だぢ、まだテレビさ出でらよ!」と教えに来るようにまでなった。父ちゃん、だからあれは人じゃないんだってば。まあいいか。

当時、中学のクラスではお気に入りのカセットテープを交換し合うのが流行っていた。尾崎豊レベッカやCCB、米米クラブバービーボーイズBOOWY、吉川晃司、NOBODY、稲垣潤一、安全地帯、爆風スランプ...、とにかくいろいろ。聖飢魔Ⅱも誰からか借りて、例外なくダブルデッキで倍速ダビングして、曲名が書かれたカセットレーベルを手にしながらじっくり聴いたものだ。1枚目と2枚目のアルバム、もとい大教典。閣下の伸びやかなハイトーンと巧みな歌唱力に導かれしメロディラインは、そのハードでヘヴィなバンドサウンドに免疫の無いこの中学生をスッと招き入れてくれた。歌詞の内容も地獄と悪魔だらけだ。こういうことをしてもいいんだなと、なんだか垣根を取っ払ってもらったような自由さも感じたものだ。中学2年頃から僕はギターを弾いていた。当時流行のビートロックが好きでよくコピーしており、友人が遊びに来ると弾いてみせていたものだ。ところが聖飢魔Ⅱのギターサウンドは、今まで弾いてきたそれらとは違った。ジャギッとして、ズンズンして、ズグズグして、ピロピロして、ギュイーンだ。そこで初めて僕は、メタルギターの奏法というものを知る。ラウドネスでも44でもなく、メタルにのめり込むきっかけは聖飢魔Ⅱだった。そこに2名居たギタリストのうち、ソングライティングもしていて、華麗で、速弾き担当のレフトサイドの片方を、とにかく猛烈に好きになった。生まれて初めて、長髪をかっこいいと思った(今にして思えばそんな長髪でもない)。
そのギタリストの名を、「ジェイル大橋」といった。

ダビングしたカセットテープでは物足りない。当時はそのころまさにアナログレコードからCDへの過渡期。CDを普及させたいがためかどうかは定かではないが、CD化されたアルバムは2曲ほど多く収録されているものだった。2枚目の「THE END OF THE CENTURY」のCDには「創世紀」と「JACK THE RIPPER」が足されていた。小遣いを貯めてがんばって買った。余談だが、シンバルのシャ~から始まるタイトル曲や、余計な曲振り説法の無いレコードバージョンのほうが好きだったりする。まあともかく、ブックレットに写っているジェイル大橋さんを憧憬の眼差しで見ていた。そして当時地元で放映されていた、新曲のPVを紹介していく音楽番組内で流された、あるひとつの楽曲に多大な感銘を受ける。曲名を「アダムの林檎」といった。英語でAdam’s Appleというとのどぼとけの意味なのだがこの場合は純粋に悪魔の果実としての林檎のことを歌っている。ソリッドな歪みカッティングのイントロ、いきなりメロディアスなAメロ、ドラムは速くなるのにギターはクリーンで美しくなるBメロ、重さと印象的なリフのサビ、間奏へ繋ぐスリリングなブリッジバースがあっての、劇的で時に妖しく時に速く、液体のように流れては徐々に昇華していくギターソロ、歌へ戻るリフ中の一瞬のブレイク。全てが完璧。かっこいい。録画したそのビデオテープが文字通り伸びてしまうほどに、毎日毎日見ていた。居間にしかテレビもビデオデッキもない時代、いち早く夕食を済ませて、空いた居間で1人でビデオを見てから部屋へ戻るという生活リズムの繰り返しの日々だった。

3枚目の大教典「地獄より愛を込めて」は超名盤。人生を変えたアルバムを5枚あげろと言われたら迷うことなく、間違いなく選ぶ。その収録曲の大半をジェイルさんが作曲している。歌詞も曲もアレンジもアルバム全体の雰囲気もすべて完璧なサタニック・ワールド。メタル評論家というものは昔から頭が固い連中が多く、聖飢魔Ⅱは当時あまり認められていなかった。BURRN!誌なんかはデビューアルバムに0点を付けおった。しかし日本のヘヴィメタル史においてこの第3経典はとても重要な位置を占めていると信じて疑わない。疑わないまま30年以上が経った。いまだ色褪せぬ、非の打ち所の無い純粋なメタルアルバムだ。このころのジェイルさんのギターの音色もプレイスタイルもいちばん好きで、自分もいまだずっと追い求めているものである。

「悪魔の黒ミサ」というライブビデオ、もといミサの活動絵巻経典が発布された。昔はビデオソフトが驚くほど高価で、中高生が買える代物ではなかった。学区内のビデオレンタル屋さんにあるという情報を聞き、はやる気持ちを抑えながら自転車を漕ぎ、入会方法も身分証明方法もよくわからないまま店に駆け込んだ。電話番号と住所を告げてその場で電話帳で実家の確認をしたことを覚えている。個人情報保護だのコンプライアンスだのなかった時代だからできたこと。無事借りられて、信者仲間も呼んで僕の家で見ることに。例の居間で見るものだから、そこには当たり前のように我が家族も同席。なんとシュールな図か。のどかな時代だったものだ。最初から最後まで食い入るように悪魔のミサ映像にとり憑かれたそのさまを、家族はどう思っていただろう。そんなことを気にする余裕もなく、一瞬たりとも見逃すまいと、動く悪魔たちをとにかく目で追った。どの構成員もかっこいいんだけど、しかしまぁジェイルさんの華やかなこと。クールでスマート、堂々たる佇まい、常にリズムを取る長い足、軽やかなターンや足の上げ方、ミドルが削がれていないギターサウンド、流麗なソロワーク。動く姿を長時間堪能できた喜びは、こんなかっこいいギタリストはもうほかにいないという憧れへの確信へ変わり、一生ついていこうと決意するまでに至った。

ところが、ある日の歌番組「夜のヒットスタジオ」。聖飢魔Ⅱが出るという。当然、演奏されるとしたら「アダムの林檎」だろう。TV番組に出るジェイルさんもかっこいいだろうな。期待に期待を込めて居間のテレビの前に正座して待ち侘びた。しかし、番組冒頭での出演者を紹介しながら歌っていくメドレーのとき、彼の姿は無かった。あれ、なんで?ジェイルさんは今日欠席?せっかくのテレビ出演なのに。ほどなく、デーモン閣下から衝撃のお告げがあった。「2名いたギタリストのうち、ジェイル大橋がバンドを脱退した」と。寝耳に水とは、青天の霹靂とは、まさにこのことだ。ジェイルさんのいない聖飢魔Ⅱなんて興味もない。番組では4名でエルドラドを演奏。エースさんがソロを取れる曲に急遽差し替えたのであろう。当時の音楽番組はあて振りじゃなく生演奏だったからね。ショックを隠せないまま、次の日の学校で友達に喚き散らしたのを覚えている。そんな聖飢魔Ⅱは新たなギタリストにsgt.ルーク篁Ⅲ世という新悪魔を迎えて以後最後まで活動を続けていく。
補足説明ではあるが、聖飢魔Ⅱがデビュー直前に行ったギタリストのオーディションで最後まで残った2名がジェイルさんとルークさんだ。ライバルのような関係だったと想像されるのだが、はるかのちに行われる期間限定再集結で実に仲睦まじくステージ上で絡む姿を拝見すると、大人っていいなぁ、バンドっていいなぁ、音楽っていいなぁと本気で感動するのである。
さらに余談であるが、sgtとはサージェント、軍曹。ルークさんはその後参謀という称号で呼ばれるようになる。同時に閣下、長官、和尚、殿下という各構成員の呼び名も定着していったのもこの頃。ジェイルさんには後付けで代官という称号が知らぬ間についていた。そんな呼び方をしたことはなく、これはいまだにしっくりきていない部分のひとつではある。称号なしの時代を僕は大事にしたい。
あんなに印象に残り、心奪われ、夢中になったにもかかわらず、振り返るとジェイルさんが聖飢魔Ⅱに在籍していたのはたった1年半。なんて濃密な期間だったのだろう。今にして思えば、その刹那の光陰を同時に併走追走できていたことはこの人生において幸せなことだったのかもしれない。

ルークさんもかっこよかった。高校時代に組んでいたコピーバンドではルーク役をやっていた。ジェイルさんはもういないのだから、悲しいけど、寂しいけど、認めて、受け入れるしかなかった。そんなさなか、音楽雑誌ロッキンfジェイル大橋改め大橋隆志さんのインタビューが載った。人間の格好で、サングラスをかけたアップの顔写真。その見出しタイトルが衝撃だった。「聖飢魔Ⅱにいたころは耐えられなかった」。俄かに信じがたいその言葉を見て、猛烈に一気に記事を読んだ。しかし良く読んでみると、キャラが先行するバンドだから生き残るには音楽しかない、雑誌のインタビューでも音楽のことについて語りたいのに、好きな色はなんですかみたいな質問しかこない、自分もロック大好きでメタルキッズだったから、余計にそれが耐えられなかった、という内容だった。まるで聖飢魔Ⅱに在籍したころのすべてを否定するかのような誤解を生ませた、あのロッキンfの記事見出しはあまりにも罪深い。大切にしてきた夢を、不意にでかいハンマーでぶち壊された気がしたからだ。大橋さんはその後アメリカに渡り「Cats In Boots」を結成する。インディーズのレコードを予約し、待ち焦がれて購入した。がらりと変わってしまったアメリカンなロックンロールにこれまた驚愕し落胆したものだが、でも、応援して行こうと決めた。ところが全世界でメジャーアルバムが発売されるも、メンバーの不和で長続きせず、バンドは崩壊してしまう。

もうこの世にはジェイル大橋さんという存在はいないんだと、ルークさんに変わってからの聖飢魔Ⅱも聴き続けていた。そして1995年、聖飢魔Ⅱ地球デビュー10周年のイベント「オール悪魔総進撃~THE SATAN ALL STARS~」が行われる。そこには歴代の旧構成員も参加した。発布された活動絵巻経典を買って、見る。ミサ中盤の「秘密の花園」。ジェイルさん作の美しいバラード。このまま、いないまま曲が終わるのか。否。違った。間奏部分でステージ後方の扉が左右にゆっくり開き、バックライトの中に出てきたのは紛れも無いジェイル大橋さんだった。隆志さんではない、悪魔の大橋さんだ。あのトーンで、あのソロを弾く。これだよ、これなんだよ。弾きながら、その長い足で階段を降りてくる。曲のエンディング、ジェイルさんを挟んで左右にルークさんとエースさん。なんだこのやばい図は。目頭が熱くなる。僕がずっと恋焦がれた悪魔は、あのころの姿のまま、そこにいた。
1999年に聖飢魔Ⅱは事前の宣言どおり解散するのだが、その後も何度か周年企画で期間限定で再集結をしている。ジェイルさんやゾッドさん達も入れて。2005年の20周年の期間限定再集結には仙台へも見に行った。生ジェイルさんは僕の立見席からは遠かったが満足だった。今後もそういうのがあるのかどうかはわからないが、予想できないことをやってきたバンドだから、淡い期待を今後も持っていようと思う。

ひょんなことから、とあるバンドに誘われ、聖飢魔Ⅱの曲を弾く機会が来そうな状況だ。ジェイルになりたい。今こそ、そう思った。あの頃猛烈に憧れた気持ちを、ギター製作にぶつけた。似たボディを入手して、自分でパーツを組み込む。自分でジェイルストライプテープを貼る。あの、毎日居間のテレビで見ていたあのギターを。まったく同じものにはならないが、作っている間はとにかく楽しかった。好きなものって一生変わらないんだなと、呆れるほど自覚した。これはきっと、この先老いさらばえて命が絶するまで変わらないのだと悟った。こういう思いにⅡびさせてくれたバンドメンバーには感謝。
それがあって、いろいろあって、このようにジェイル大橋さんへの愛を書き綴りたいと思ったのであるから。

 

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